著者:石田 麻琴

目先の1マイルを重ねていく。大迫選手のインタビューで思い出したこと【no.1674】

 少し前の話ですが、ナイキ・オレゴン・プロジェクトに所属する大迫傑選手がシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立しました。テレビやインターネット、ソーシャルメディアなどでも「1億円」の日本記録報奨金とともに話題になっているので、ご存知の方も多いと思います。

 大迫傑選手は高校駅伝(佐久長聖高校)、箱根駅伝でも活躍したエリートランナーです。早稲田大学陸上部出身ということで、母校の後輩として私も大迫選手が大学一年生のときから注目をしてきました。箱根駅伝のライバル校である東洋大学出身の設楽選手が先に日本記録を塗り替えましたが、大迫選手が見事に再度塗り替えてくれ、先輩?としては嬉しい限りです。

*大迫選手がインタビューで話したこと

 私もBS放送でシカゴマラソンの生中継をみていたわけですが、日本記録樹立の興奮冷めやらない中、大迫選手がインタビューで話したことが気になりました。「終盤は自分を励ましながら、目先の1マイル、1マイルに集中しました」というのです。

 中継をみられていた方は覚えていると思うのですが、レースは残り5キロまで大迫選手や優勝したファラー選手を含む4選手が争う展開でした。残り5キロを切ってからファラー選手がペースを上げ、大迫選手は3位争いをすることになります。結果、ファラー選手とは約40秒差ですから、本当に終盤までトップのペースについていくことができたわけです。

*大迫選手ほどのトップ選手でも「目先の1マイル」をみている

 マラソンという競技は42キロ以上、2時間以上走り続ける長い戦いです。どこで前に出るか、どこで仕掛けるか、体力を温存するためにはどうすればいいか、集団の誰が余力を持っていそうか、事前に想定した戦略とその場の洞察力でアクションを決めていく。そんな全体戦略的なものも大切だとは思うのですが、大迫選手ほどのトップ選手でも「目先の1マイル」をみているのです。

 体力を消耗していく自分を励ましながら、「あと1マイル頑張って集団についていこう」と思い、1マイルついていくことができたら「もう1マイル頑張ってついていこう」とまた自分を励ましているのです。戦場に立ったなら、戦略やテクニックではなく「やるか、やらないか」です。目先の1マイル、1マイルを積み重ねていったことが、結果として日本記録に繋がったということでしょう。

*大迫選手のインタビューを聞いて思い出したこと

 この大迫選手のインタビューを聞いて思い出したのが、昔ある元ボクシングの世界チャンピオンが言っていたことでした。「試合が始まったら、考えることはふたつだけ。『まだいける』と『もうだめだ』のふたつ。相手と対峙しながら、自分の中では常にこのふたつが戦っている」と言うのです。実は、3年前のECMJコラムでもこのことについて書きました。

 マラソンやボクシングだけではなく、よく考えれば仕事やはたまた人生も「『まだいける』と『もうだめだ』」の繰り返しではないでしょうか。人間は自分がいま直面している課題に悩みがちです。「もうだめだ」の方向に気持ちが傾くこともあるでしょう。ただ、いままで自分が「『まだいける』と『もうだめだ』」を何度も何度も繰り返してきた上で、「まだいける」が残り続けたからこそ今の自分がある。そう思えば、直面している課題もいくらかたやすいものに思えてくるのではないでしょうか―――

 ―――大迫傑選手がシカゴマラソンで日本記録を塗り替える4時間前、ボクシングの井上尚弥選手がWBSSの初戦をたった70秒、4発のパンチだけで突破しました。あの日の井上選手に「『まだいける』と『もうだめだ』」ははたしてあったのか。それは全くもって不明です。