自分ごとなのだが、講演やセミナーに参加すると講師の先生がまるで「自分に話している」のではないかというほど、私の顔を見てくることが多い。ほぼ毎回といってもいいくらい講師の先生と目が合う。それも数回。多ければずっと。
*講師の先生とやけに目が合う理由
講師の先生とやけに目が合うのはなぜかというと講師の先生の方を見て話を聞いているからだということに気がついた。当たり前である。講師の先生の顔をみていないと目が合うことは物理的にあり得ない。そこではなくて、手元の資料を眺めていたり、スクリーンのスライドを眺めていたりする時間よりも講師の先生の顔をみていることの方が多いということに気づいたのだ。
その理由のひとつは自分自身が講演をするときに、顔をみて話を聞いてもらった方がそうでないよりも話しやすくなるからなのだ。なので、自分が講演・セミナーで話す側ではなく、自分が講演・セミナーを聞いている側のときも、手元の資料やスクリーンに映るスライドをみているよりも講師の先生の顔をみていた方が講師の先生も話しやすいだろうと思っている。
以前、「良い講演は講師ではなくて、参加者がつくる」というコラムを書いたが、これがそのものである。講演・セミナーに参加してくれている皆さんの雰囲気で講師の話は乗っていく。そうするとより参加者の反応が良くなり、さらに講師の話が乗るというプラスのサイクルが生まれていく。
*自分に話しかけていると思って聞くか否か
もうひとつ。これは物理的に目が合う理由とはちょっと離れているのだが、講師の先生が「自分に話しかけてくれていると思って」その話を聞くか否かでも、講師の先生と目が合う確率が変わってくるのではないかと思う。逆に自分がセミナーの講師をやっている場合を考えてみても、「自分に話しかけていると思って」聞いている人はなんとなくわかるものなのだ。
講演・セミナーの会場には何十人、多ければ何百人という人間がいる。当然ながら参加者・聴講者としての自分はその多数の中のひとりであり、講師の先生が自分だけに向かって話しかけているということはありえない。ただ、講師の先生が「自分に話しかけてくれていると思って」その話を聞くか否かは自分自身の問題である。そう思えばそうなるし、そう思わなければそうならない。もちろん前者の考え方で講師の先生の話を聞いた方が、自分自身への講演内容の浸透率は違ってくる。
いかに「自分ごと」に置き換えられるかが、講師の先生の話を聞く上で大切なのかもしれない。
*講師の先生だって、自分の話が伝っているか不安
元ECMJ取締役で元ダイヤモンド社社長の故・岩佐豊氏が話していたことを思い出した。岩佐さんは年間に50回~70回ほど講演をされている講演のベテランの方だった。岩佐さんが講演の方法について私に教えてくれたのはこんなことだった。
講演が始まったら自分の話にやけに頷いてくれる人を会場の中から探す。できれば前の方に座っている方がいい。自分の話に理解をしてくれているのか、それとも気を遣ってウンウンと頷いてくれているのか、その真理はわからないが、とにかくポジティブな反応をしてくれている人を探す。会場に数人はいるはずだ。そして残りの時間、そのポジティブな反応をしてくれる数人の顔を順番に見ながら話を進めていく―――。
そうすれば石田も緊張しないでスムーズに話せるよ、というのだ。岩佐さんほどの講演のプロフェッショナルの方でさえ、こんなことを考えながら話をしていたということに驚いた記憶がある。講師の先生だって、自分の話が参加者の皆さんにきちんと伝わっているか、興味深く聞いてもらえているのかが不安なのである。