著者:石田 麻琴

私のちょっと悔しい経験談をご紹介します【no.0922】

 ネットショップを運営していくにあたって、「どうやってお客様にその存在を知ってもらうか」というのは最重要の課題じゃないかと思います。

 この「どうやってお客様にその存在を知ってもらうか」は、「お客様にとってどんな存在であるか」にも近い意味なのかもしれません。「どんな存在でありたいか」がしっかりしているネットショップほど、お客様に存在を知ってもらえる可能性、またお客様がサービスを利用してくれ続ける可能性が高いと思うのですね。

 ショッピングモールでネットショップを運営している場合は、ショッピングモール全体のお客様の「導線」というものがあって、多少テクニックを使いながら、また多少回りのネットショップを見ながらの計画が立てやすい。

 ただ、これが自社サイトのネットショップを運営する場合となると話は別で、本当にインターネットという大海の中から、その存在を知ってもらわなくてはいけないわけ。だからこそ、ショッピングモールでのネットショップ出店よりも、暗中模索感が強くなります。ハードルが高いからこそ、リターンも大きい、とも言えると思うんですけどね。

 そんなことで、私のちょっと苦い経験談のご紹介。

 もう5年近く前の話だし、直接的にショップが特定できる話でもないので良いと思うんだけども、とあるネットショップのコンサルティングをおこなっていました。ECMJが創業する少し前、から関わらせてもらっていたネットショップです。

 元々の母体としては関東と関西に1店舗ずつ、マニアック系の雑貨の実店舗をやっていて、その流れでネットショップを運営していたんですね。当時の売上規模としては月商3桁万円の前半くらい。雑貨屋さんなので、アパレルもやっていたし、CDも売っていたし、食品とか雑誌とかも売っていた。とにかく、ひとつのコンセプト(少しアンダーグラウンドに近い)に合わせた商品をまぜこぜに売っていたんですね。

 当然、コンサルティングに入っているわけなので、「どうやったら売上が上がるか」という話になるんだけども、多少差があるとはいえ、アパレルもCDも食品も雑誌も、各々のカテゴリが同じような感じで売れていたんですね。なので、商材としてはアパレルとCDを中心に均等に商品数を増やしながら、ページの改善や販促企画を入れ込んでいく、というようなことをおこなっていった。

 1年くらいして、売上は1.5倍くらいになったのかな。それでも月商3桁前半を出ない範囲だったけど、けっこうヤンチャ気味なスタッフをうまくいなしながら(基本的には仕事をやらない)、なんとか押し上げられたという自負があった。

 なんだけども、そこの社長さんと考え方に違いがあって、一旦コンサルティング契約を仕切りましょうと。

 そのネットショップさんとのコンサルティング契約が終了した後も、スタッフさんとの繋がりは続いていて、半年後くらいかな久々に会ったときに「石田さんがコンサルにこなくなってから、売上がだいぶ落ちた。社長も『石田さんがいなくなったからかな』って言ってる」って話をされたのね。「やっぱりな!」って心の底では思うじゃない。

 でも、さらに2年後くらいに久々に会ったとき「石田さんがいたときよりも売上が倍になった!」って話になったのね。「石田さんの考え方を利用した結果だ!」とか言ってくれたんだけど、こっちとしては「うげっ」って少し思った。

 じゃあ、なんで売上が上がったかというと、一度売上が下がって「どうせなら!」ってことで、ある特定の商材だけに特化したネットショップに変えちゃったらしいんですね。1つのカテゴリの商品だけ、他のネットショップよりも圧倒的な品揃えにした。そうしたら、売上がぐんぐん伸びていったと。「鉱脈はそこだったのか!」と心の中で悔やみました、私。

 お客様にどうやってその存在を知ってもらうか、お客様にとってどんな存在でありたいか、ってやっぱり大事で、このネットショップの場合、私のアプローチは少しズレてたんですね。エッジの利いてない1.5倍を実現するだけじゃなくて、エッジの利いた4倍を探さなきゃいけなかったわけです。5年前の苦い経験です。

 おわり。