著者:石田 麻琴

もしマーケティングが小学校の授業になったら。後【no.1484】

「じゃあ、今の石田くんの話を聞いて、野球をみたくなった人~??」

 先生の言葉に生徒たちは周りを見回す。みんながどんな反応をするのか様子をうかがっているような感じだ。なかなか上がらない手に石田くんが寂しそうな顔をする。そのとき、石田くんと仲が良い山田くんが右手を挙げた。「俺は野球みたくなったけどな!」山田くんが手を挙げると、それをみた生徒たちがパラパラと手を挙げる。

「みんな、正直に、でいいんだぞ。野球をみたくなったら挙げればいいし、そうでもなかったら挙げなくていい」先生がそういうと、手を挙げかけた何人かが手を下におろした。全部で4人。石田くんの『自分が好きなこと』で手を挙げたのは4人だったわけだ。

「さて、ここからが本番だ。石田くんには後でもう一回『自分が好きなこと』について話してもらう。テーマは同じで『野球をみること』だ。いまは最初だったから緊張しただろうし、準備も十分じゃなかったと思う。ふた回り目は次の授業で発表してもらいます。まだまだ時間がたっぷりあるから、『どういう風に話せば野球をみにいきたくなるか?』を自分で考えて、また3分にまとめてみてください」最後は石田くんの方を振り返って先生はいいました。

「じゃあ、トップバッターで頑張った石田くんに拍手!」そういうと生徒たちが手を叩いた―――。

―――翌週のマーケティングの授業は前週に『自分が好きなこと』を発表したメンバーのリベンジの場だ。そしてそのトップバッターを務めるのは同じく石田くんである。

「じゃあ、ふた回り目。テーマは『野球をみること』だったよな。みんな拍手!」みんなが拍手をする間をとおって、石田くんが教室の前に立つ。石田くんは右手に野球場で撮った写真を持っていた。

「僕の『好きなこと』は『野球をみること』です。まず、この写真をみてください。この写真は先週の日曜日に神宮球場で撮った写真です。野球はテレビでみるよりも、野球場でみる方がずっと面白いです。理由はいくつかあります。今回は3つ紹介します。ひとつは生の選手がみられることです。普段テレビでしか見たことがない野球選手が目の前にいると思うと不思議な気持ちになります。意外と背が高かったり、意外と太っていたりして新しい発見があります。ふたつ目は・・」

 石田くんの発表はきっちりと3分間におさまりました。おそらくこの一週間自宅でも練習をしてきたのでしょう。石田くんの話が終わると、前週と同じように先生がみんなに聞きます。「石田くんの話を聞いて、野球をみにいきたくなった人~??」今度は男子を中心に一斉に手が挙がりました。クラスの半分近くの15人も。

「石田くん、先週手を挙げてくれたのは何人だったか覚えてる?」「4人でした」先生の質問に石田くんが答えます。

「じゃあ、この一週間で石田くんが『どうやって野球をみることの面白さを伝えればいいか』工夫をしたことで11人増えたってことだね。これがマーケティング用語でいう『改善』だ。石田くんは『改善』をすることによって、『野球をみる』面白さを4人から15人に伝えられるようになったわけだ」先生に褒められて石田くんは照れました。みんなの方をみることができず、下を向いています。

「『改善』をしたことによってたくさんの人に手を挙げてもらえるようになった石田くんに拍手!」そういうと、みんながさっきよりも先週よりも大きな拍手をしました。石田くんはみんなの拍手の間をとおって、自分の席に戻ります。先生は石田くんに後ろから声をかけました。

「石田くんちょっと待て。まだ終わりじゃないぞ。もう一回『野球をみること』の話を『改善』するぞ。三回り目をやろう!」

 おわり。