著者:石田 麻琴

時間をかけて育てれば、やがて大きな花が咲き、甘い果実が生る。【no.0420】

 ネットショップのあるあるストーリー、「鬼切社長シリーズ」。(前回はこちら

「鬼切はん、ちょっとは考えろやぁー」

 猪井氏(いいし)先生はあきれた顔をしました。

「いやいや、だって、本当にわからないんですもん。厳密にいえば、その前の猪井氏先生の話から、いまいちピンときてない部分もありましたし。現状の私の認識ではオーバーヒートしてしまうかなと」

「鬼切はん、何うまいこと言っとるんじゃ。ホンマに。まあ、ええわ。ちょっと面白かったから、今回ばかりは特別に教えたるわ」

 鬼切社長が期待にあふれた目で、猪井氏先生を見ました。

「ええか。基本は、まず自分で考えてから、人に意見を聞くもんじゃからな。これからは、全部その方向でやっていくからな」

 鬼切社長は猪井氏先生の言葉に、「うんうん」と頷きつつも、次に猪井氏先生が発する言葉に待ち焦がれているようでした。

「もー、話しづらいなぁ。そんな目で見るなやぁ。理由はいくつかあるんじゃけどな、一番大きな理由は、おにぎり水産が現状やっていけているからじゃ

 「ん?」。猪井氏先生の言った言葉の意味が一瞬わからず、鬼切社長は首を傾げました。「やっていけている、とは、どういうことでしょう?」。鬼切社長は猪井氏先生に聞きました。

「最初、ワシがおにぎり水産に来たとき、鬼切はんにインターネットを始めようと思った理由とか、いろいろ聞いたけど、昔よりは売上が下がってるとはいえ、おにぎり水産は水産加工の生産者としては、まだ回ってるんじゃろう」

「ああ、そういう意味ですね。最盛期よりはかなり落ちていますが、現状負債が重なっているとか、倒産しそうだとか、そういうことはありません。自慢ができるほどではありませんが、多少の利益は出ています」

「だからじゃ。だから、こんな笹かまぼこを5,000円で売れるようにしよう、なんて無謀なチャレンジを提案してるんじゃ」

 鬼切社長は、この猪井氏先生の説明を聞いても、いまいちその理由が掴めないようでした。それを感じた猪井氏先生が、説明を続けていきます。

「ええか、鬼切はん。もし、おにぎり水産の水産加工品の製造業者としての仕事がアップアップになってもうて、なんとかインターネットに直販のルートを求めたとする。ほしたらな、今日明日に売上が欲しいって話になってまうじゃろ。売れないと会社をたたまないけなくなるわけじゃから。でも、おにぎり水産は、多少は利益が出てて、今すぐインターネットで売れなきゃいけないわけじゃないじゃろ」

「まあ、そう言えばそうなのですが、しかし、売上と利益はなるべく早く欲しいです」

「鬼切はん、ええか。事業ってもんは、育てるもんじゃ。時間をかけて育てれば、やがて大きな花が咲き、甘い果実が生る。だけどな、事業を育てるのに時間がかけられるのは、資本がいるんじゃ。おにぎり水産には、今、インターネットでのビジネスを育てていけるだけの資本がある。これが大切なところじゃ」

 猪井氏先生は真剣な眼差しで鬼切社長の目を見ました。猪井氏先生がめったに見せない、本当に言葉を伝えたいときの眼差しです。鬼切社長の瞳は、猪井氏先生の鋭い視線に差されるようでした。

「鬼切はん。今、売上が欲しいと思ったら、簡単じゃ。みんなが売ってるものを、一番安く売ればええ。みんながやってるサービスを、一番安く提供すればええ。しかし、それは中身がスカスカの戦略じゃ。一時的におにぎり水産のネットショップが一番になれたとしても、おにぎり水産より資本力のある会社が同じことをし始めたら、おにぎり水産のネットショップは、果たしてどうなる?」

「たぶん、選ばれなくなりますね」

「鬼切はん、よくわかっとるやん。おにぎり水産しかできない方法で、インターネットの事業を育てていこうや。そうせんと、笹かまぼこを5,000円で売るような付加価値をつけるのは無理じゃぞ」

 鬼切社長は猪井氏先生の差すような眼差しに視線を合わせながら、大きく頷きました。

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