サービスに「ひと手間」をかけるか否か。ちょっとしたことなのですが、「違い」を出すためには、この「ひと手間」が大切なのではないかと思います。
*メールは必ず「自分が送信」をして終わりにする
例えばよくあるのが、「メールは必ず自分が送信をして終わりにする」という「ひと手間」です。
お客様からメールがくる。自分がメールを送る。スタートはどちらの場合もありえます。ただ、いずれの場合にも、最後は自分がメールを送ってやり取りを締める、というわけです。
「今度、お昼でもいかがですか?」「いついつはいかがでしょうか?」「了解しました。よろしくお願いします」。スタートがお客様で、日時を提案したのが自分だとします。この3つのメールのやり取りで、会話は成立します。「了解しました。よろしくお願いします」という相手からのメールを最後に、あとは当日お会いして、でも良いのですが、ここで会話を終わらせず「ひと手間」を入れます。
「当日、楽しみにしています。よろしくお願いします」とひと言、自分から最後のメールをお送りするわけです。
*電話を「自分から」は切らない
はたまた、こんな例もあります。「電話を自分から切らない」という「ひと手間」です。
お客様と電話をして、会話が終了します。「ありがとうございました。よろしくお願いします」といって、おそらくお互い受話器を耳から外し、電話を置く(携帯電話ならば終了のボタンを押す)ときに、相手が電話を切ったのを確認してから、自分が電話を切るという「ひと手間」です。
会話がすでに終了していたとしても、もしお客様の耳から受話器が離れていなかったとしたら、「ブチッ」という電話が切れる音が相手に聞こえてしまうわけです。先に切られた側は、いい気分がしないかもしれません。もちろん、「全く気にしない」という人も多くいます。
*「ひと手間」をやれば売上が上がるのか?
「メールは必ず自分が送信をして終わりにする」「電話を自分から切らない」。これらは共に、自らのお客様に対する「気遣い」です。相手が気にしているか、気にしていないか、そこが問題なのではありません。この「ひと手間」をかけることで、相手に誠意を尽くしているわけです。その行動の一端です。
このような「ひと手間」をやったから売上が上がる、やっていないから売上が上がらない、効率非効率の面や、費用対効果の面からみれば、「そんなことはわからない」ということになります。しかし、この「ひと手間」を徹底できるか否かが、結果的に「人に動いてもらう」ことの源泉になっているのではないでしょうか。
困ったことに、「ひと手間」とはいえ「手間」には変わりがありません。
*「ひと手間」かけることの「価値」とは
「メールは必ず自分が送信をして終わりにする」には、相手からの「了解しました。よろしくお願いします」というシンプルなメールにも返信しなくてはいけません。相手も同じことを徹底したら、ずっとメールが続いてしまう可能性もあります。
「電話を自分から切らない」も面倒です。電話での会話が終了次第、「さあ、次」と次の行動に移る方がはるかに楽です。わざわざ受話器に耳を澄ましたままにしておき、相手が電話を切ったかを確かめたり、携帯電話の画面をみて、相手が電話を切ったのを確認して電話をしまったり、するのは面倒でしょう。
でも、だからこそ、「ひと手間」を加える必要があります。
「違い」「差別性」「強み」・・、うちには「差別性」ないなぁと言っている方、簡単な方法があります。みんながやりたがらない「ひと手間」を徹底してやりきることです。「メール返信」でも「電話を切らない」でも構いません。他にもたくさんの「手間」があると思います。
あなたの業界で、みんながやりたくないことって何ですか?