ネットショップのあるあるストーリー、「鬼切社長シリーズ」。(前回はこちら)
「ほな、一応、聞いとくか?」
猪井氏(いいし)先生の言葉に、おにぎり水産の会議室は凍りました。凍ったというか、緊張感が張り詰めました。緊張したのは鬼切社長だけでしたが。
時間にして1分、60秒ほどの静寂の後、鬼切社長は口の中に溜まった唾液を飲み込んで、「聞かせてください」と言いました。唾液がのどを通る前に言葉を発したので、実際には「聞きゃせてください」という言葉になってしまっていました。
鬼切社長の「聞きゃせてください」の後にも、わずかな静寂がおとずれました。ついに、猪井氏先生の秘伝の裏ワザを伝授してもらえる、鬼切社長はそう思い、心を躍らせました。
「価格じゃな。価格を上げればいいんじゃな」
シーーーーーン。これまで以上の静寂があたりを包み込みました。
てっきり、「鬼切はん、ワシの知り合いでXちゅーもんがおってな、そいつの持っているソフトを使えばインターネットでガッポガッポ儲かるんじゃ。そのXちゅーもんは、ワシの言うことしか聞かんで、今回は特別に鬼切はんに紹介したるからな」というような裏ワザ的な返答を期待した鬼切社長は、完全に拍子抜けをしました。
「猪井氏先生、もっと具体的に、こう、こんなツールあるよとか、こんなシステムあるよとか、こんな広告あるよとか、そういう、なんて言いますか、『裏ワザ』的な、表ワザでもいいんですけど、そういう具体的なものじゃないんですか?」
猪井氏先生は一瞬、鬼切社長が何を言っているのかがわかりませんでしたが、何となく言いたいことが理解でき、呆れたような顔をしました。
「鬼切はん、いまさら何言っとんの、アンタ。ワシがそんなこと知ってるわけあらへんし、そもそも『裏ワザ』なんかないし、『裏ワザあるんですよ』なんか言ってきたら、それこそ詐欺じゃぞ。『価格を上げる』なんて、こんな具体的なアドバイスないがな!」
「ちょ・・!」。そういう鬼切社長を制して、猪井氏先生はホワイトボードを指差し、言いました。
「ほしたらな、鬼切はん、いままで笹かまぼこのセット、1,000円で売ってたと思うんじゃけど、これ、5,000円ってことにしてみぃ。5,000円ってことにして、二子(にこ)社長に教わった公式に当てはめてみぃ?」
鬼切社長は「1セット5,000円なんて、そんな価格は現実的じゃない」と言いかけましたが、猪井氏先生が「ええから、ええから」とホワイトボードの方を指差すので、仕方なくマーカーを手に取りました。
二子社長に教えてもらったことと同じように、まずホワイトボードに一本の横線を描き、それを目標である年商1億円=100%とします。そして横線の右端から全体の5分の1ほどのところを区切り、目標の利益2,000万円=20%と記しました。
「まずは、商品原価率ですよね。1セットを1,000円で販売していたときに35%が商品原価なので、1セットあたり350円として計算をしていました。これ、1セットを5,000円で売るとなると、350円割る5,000円で・・7%・・ってことになっちゃうんですが・・。商品原価率が35%から7%になるので、28%削減されて、これだといきなり利益目標クリア、ですよねぇ・・」
鬼切社長は、これはいいのか悪いのか、というような、不思議そうな顔で猪井氏先生の方を見ました。
「鬼切はん、おめでとう!これで『年商1億円、利益2,000万円』の目標が現実のものとなった!おめでとう!」
そう言った後、続けるように、「しかし・・」と話だしました。
「まあ、現実問題、1,000円で売っていたものを5,000円で売るのは簡単ではないじゃろう。素材も350円のものじゃなくて、もっと良いものを使わなきゃいかんしな。でも、それが今までと同じように商品原価率35%、つまり1,750円ってことはないはずじゃ。笹かまぼこの業界には詳しくないが、たぶんそうだと思っとる」
「そうですね。商品原価で1セット1,750円もかけている笹かまぼこの会社は見たことがありません。もっと抑えても、相当良いものができると思います」
「まあ鬼切はん、商品開発にどれくらいの予算をかけるかは、ええから、ひとまずこの二子社長式の計算を先にやったろうや。もっと驚くような結果が出るはずじゃから」
鬼切社長は無言で頷いて、物流費の計算を始めました。
つづきはこちら。