著者:石田 麻琴

マーケティングとは本筋を徹底して突き詰め続けること。【no.0090】

■最も条件の悪いホテルは、なぜ生き残ったのか‥!?

 まずは、過去に誰かから聞いた話から。

 とある観光地の話だ。バブルの頃、たくさんのホテルが立った。社員旅行や接待旅行、家族旅行などで毎週末、たくさんの人が訪れた。駅から山の方まで、ホテルがずらりと並んでいた。当然、駅に近いホテルからお客様が埋まっていくことになる。繁華街も駅を中心として円を描くように広がっていく。お客様としても駅に近いホテルを選びたい。交通の便は良いし、飲み屋も駅の近くにある。後発だったため、駅から最も遠くの山に面した土地にホテルを立てた経営者は悔やんでいた。もっと早く進出しておけば、自分達もあの輪の中に入れたのに。しかし、指をくわえて待っているわけにはいかない。この駅から遠いホテルまで、なんとしてもお客様に来ていただかなくてはいけないからだ。

 そして、バブルの景気が遠く過ぎ去った今、その観光地はどうなったか。駅の周りの繁華街はほとんどがシャッター街となり、繁盛していたはずの駅近くのホテルは全滅。その街で、唯一生き残ったホテルは、駅から最も遠い、山に面したホテル1つだった。つまり、環境や外的な条件によって繁盛していたホテル達は、自らの力で売上を伸ばすための営業努力を怠り、環境に恵まれないホテルは売上を伸ばすための試行錯誤を繰り返した結果、たった1つの勝ち組の座を得ることができた、ということだ。

■とある地方のホテルでの出来事‥!?

 もちろん、駅に近いホテルの経営者達が必ずしも経営者として優秀でなかったということはないと思う。環境に恵まれていたり、商売の条件が整っている中でも、少なからずの努力はしてきただろう。ただ、環境も条件も整っていなかったホテルの経営者との違いは、努力ではなく、危機感の違いだ。その危機感こそがマーケティングを変え、行動習慣を変え、そしてこのホテルの売上を変えていったのだと思う。これは、ホテルに限らず、人間に対しても同じようなことが言えるのだろうけど。

 以前、ライフハッカー[日本語版]で「客の満足を満たすには、まず100個のワガママを探すことから始めよう」という話を書いた。これも、伊豆地方にある、とある有名ホテルで感じたことを書いた。話の内容はこうだ。

 地方のホテルに泊まりに行くことが多いのだが、大人の「懐石料理」が得意ではないので、必ず「バイキング形式」の好きなものだけが食べられるホテルを選んでいる。「こちら地方の名産の郷土料理です」みたいなのが申し訳ないが嬉しくないのだ。バイキングを選ぶ人にはそれなりの理由がある。そして、楽しみにしていたバイキングの時間。この手の地方ホテルのバイキングといえば寿司が鉄板で、どのホテルでも寿司の前には長い行列ができる。私も列に並んで取って食べて、並んで取って食べて、といつもは何往復も繰り返すのだが、このバイキングでは一度並ぶだけでやめてしまった。それはなぜか?

■お客様はワガママで、あなたとは違う人間である‥!?

 寿司を取るトングに「イクラ」がくっついていたのが嫌だったのだ。ただ単に、それだけの理由。寿司桶にはいろんなネタがあるが、トングはひとつだけ。たぶん、他の人がイクラを取ったときに、トングについてしまったのだのだろう。仕方ないことだ。ただ、私はイクラが嫌いだ。イクラが付いたトングで寿司を取りたくない。そう、完全なる私のワガママである。

 しかし、こんなワガママでも、寿司をネタごとに分けて桶に入れれば、簡単に解決できるし、実際にそれをしている別のホテルはある。もちろん、イクラが理由ではないと思うけどね。ここで言いたいのは、お客様はワガママだということだ。たったひとつ、想像もつかないワガママのために、リピートをしなくなってしまう。だから、そんなワガママを何とかして1,000個書き出して、「どれを解決するか」を決める。極端に言えば、これがマーケティングだ、ということ。

 まずは100個書き出すところから。自分達の「事情」を一切省いて、素直な意見を聞いていく。その上で、自分達が「解決したい」ものから解決していく。企業理念と顧客目線に沿って考えれば、「重要なワガママ」ほど「解決したい課題」に変わっていくはず。お客様はワガママで自分勝手で、あなたとは違う人間であり、あなたには無言であなたの前を去っていく。私が「このトング替えてもらえませんか」のひと言を言えなかったように。

 もちろん、このホテルをバッシングしたいわけではないし、一方的に私が自分勝手なだけなのだが、この話には続きがある。そちらは次回。