著者:石田 麻琴

チョウチンアンコウ。12【no.1144】

(前回はこちら

 岩本さんから教えてもらったことは数知れない。いくつか、特に印象に残っていることを思い出してみようと思う。

 雑誌は厚くなると、売れなくなるんだよ―――。

 2013年の8月から、毎月1回、会社主催の自社セミナーをおこなうことになった。会社のコンセプトや取り組みについて、時間をとってお伝えすることが必要だという役員会での議論からだった。この自社セミナーは岩本さん、片岡さんも参加してくれていた。

 105分間のセミナー。話すのは僕。基本的には会社のことをあまり知らない初めての方を対象にするので、内容としては毎回同じことを話すことになる。岩本さんと片岡さんは、僕のセミナーを聞いた上で「今日はここが良かった。このポイントをもう少し説明したほうがいいかもしれない」などのアドバイスをくれるのだ。

 5回目か6回目のセミナーが終わった後のことだった。岩本さんが会場に最後まで残っていてくれて、僕にアドバイスをくれた。

「西田、お前、真面目だよな」

 意図がいまいちよくわからない振りだったが、(自分ではそこまで自覚がないものの)岩本さんにいつも「西田は真面目だなぁ」と言われていたから、「はい。そうだと思います」とこたえた。

「真面目な人間ってのは、前回より今回をよりいいものにしようと頑張っちゃうんだよ。西田、毎月セミナーをやるたびに、もっと伝えようもっと伝えようってしてるだろ」

 岩本さんの指摘のとおりだった。2013年の8月の最初の自社セミナーのときは、用意したパワーポイントのスライドは90枚程度だった。それが「あれも伝えたい。これも伝えたい。ここは詳しく話さなくては」と思い、毎回4枚5枚とスライドが増えていき、5回目のセミナーでは120枚くらいまで数が増えていたのだった。

「西田、これは初めての人に向けてのセミナーなんだから、前回と同じように、同じことをしっかりと話せばいいんだよ。西田が、前回よりもいいセミナーしたいと真面目に取り組んでいるのはわかるけど、参加してくれる方には必要ないことなんだよ」

 岩本さんはそう教えてくれた。そして、その後に続いた言葉が、僕の腹に落ちるひと言になった。冒頭の、言葉だ。

 雑誌は厚くなると、売れなくなるんだよ―――。

 雑誌の編集長をやられていた岩本さんらしい表現だった。それから、僕はセミナーのスライドを増やすことをやめた。むしろ、スライドの数を減らすことにした。どこまで減らすことにできるのか。このとき一時は120枚のスライドでやっていた自社セミナーは、いまでは60枚のスライドになっている。できることなら、もっともっと少なくしたいくらいだ。

 結局は自己流を貫き続けるしかないんだよ―――。

 これも岩本さんから教えてもらったことだ。いままでの自分を励ます言葉にもなっているし、これから様々な迷いを抱えるだろう自分を勇気づける言葉にもなると思う。

 仕事をしているといろんな人に出会う。仕事が上手くいっている人もいれば、いない人もいる。でも、やはり自分の目には、上手くいっている人ばかりが見えてしまう。営業がメチャクチャ上手い人。経営者と仲良くなるのが非常に上手な女性。すでに上場している会社の社長。会社の規模は大きくないけれど、年収が1億円近くある方。「他人と自分を比べる」のはよくないことだとわかっていても、どうしても比べたくなる。そして、自分に言い訳をしたくなる時期があった。

 外では愚痴は出さないけれど、岩本さんの前では、ときに自分の腹の中を見せることがあった。他人と自分を比べて、「なんで、なんで、どうして」と愚痴るわけだ。

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