(前回はこちら)
僕は新橋の街を歩いていた。指定されたタワーマンションに向かって。何度も引き返そうかと思った。「仕事の都合で参加できなくなった」。「体調が悪いのでまた次の機会に」。本当ではない、でも嘘ともいえない言葉を使えば、抜け出すのは簡単だ。でも、自分の中の自分がそうさせてくれない。
インターフォンを鳴らし、指定された部屋をノックすると、会議を紹介してくれた友人が待っていた。2週間前に会ったときよりも、かなり「できる人」に見える。「西田さん、お待ちしておりました」。僕への接し方も、社会人らしい、というか少しそっけなく感じる。僕としては「西田くん、待ってたよー」と言ってもらえたら、どんなに楽だったことだろう。
友人の案内ですぐ隣の部屋に通された。どうやらここが今回の会場らしい。部屋の奥から、話し声が聞こえる。普段、あまり接することのない、年上の、それもかなり年上の方の声だ。会議室への最後の一歩を踏み出し、視界が開けると、そこには年配の方が3名、若手の社会人が2名、座っていた。「西田さんが来られました」。どうやら僕は、最後の到着だったらしい。
時間に間に合うように到着したものの、みなさんを待たせてしまったことに恐縮した。もっと早く会社を出てくれば良かった。17時からの会議に参加するために、会社の午後半休を取得したのだが、外で時間をつぶし過ぎてしまった。後悔の念が襲ってくる。
僕は、会議のコーディネーターのような方に勧められて、年配の方に挟まれるように、真ん中の椅子に座った。「じゃあ、西田さんも来られたということで、会議をスタートしたいと思います」。コーディネーターの方が話を進める。
コーディネーターの方―――木瀬さんが初めに説明された会議の内容はこのような感じだった。
会議とは名前がついているけれども、少人数の交流会のようなもの。若手のビジネスマンがシニアの経営者OBの方たちに自分の経歴や得意領域、現状の経験などを話して、アドバイスをいただく。シニアの経営者の方も、若手のビジネスマンから新しい発見をもらって学ぶことができる。アルコールも少し入れながら、ざっくばらんに交流を深めていきましょう。そんな感じに僕は受け取った。
木瀬さんが、参加している経営者OBの方を紹介した。某大手出版社の元社長。某メガバンクの元営業部長。上場企業の創業者元副社長。この3名。友人からなんとなくは聞いていたものの、いま自分の隣にそんな実績のある方々がいらっしゃるかと思うと、本当に怖い。なにせ、僕は会社勤めのサラリーマンなのだ。しかも、胸を張って自慢できるようなブランドのある企業でもない。
この場に来たことを、少し後悔した。ここで僕が話せることなんてあるのか。この経営者OBのみなさんと、若手のビジネスマンに話せることなんてあるのか。
自己紹介と経歴、現在の取り組みの紹介は僕の右前に座る方から始まった。本橋さんという方だった。本橋さんは水道整備関連の会社を起こした。まだ起業して間もないものの、売上の目途も立っているらしい―――。
正直、本橋さんがお話ししていたこと、本橋さんに経営者OBのみなさんが質問されたことで覚えていることはほとんどない。自分がこの場で何を話すことができるのか。頭の中でそればかりを考えていた。そればかりを考えて、グラスに注がれたビールを飲んで、また考えて、ビールを飲んでいた。もちろん、場の空気に入っている「フリ」をしながら・・。
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