著者:石田 麻琴

あなたをプロの世界にいざなう「魔法の薬」。その3【no.0989】

 ここからは野球選手になったつもりでブログをお読みください・・(前回はこちら

「ここで薬の話をしちゃいけないよ」

 あなたの唇を強くおさえて、男は低い声でいいました。試合前に話したときとは、別人のような低い声です。そう思うと、男は急に明るくなっていいました。

「それよりも・・今日の試合はおめでとう。●●君の実力の賜物だね。当然、次の試合も今日の試合のように大事な試合になるな。プロのスカウトマンも変わらず君を見に来る。どうだい。君の実力なら必要ないかもしれないけれど、また魔法の薬、保険に持っておくかい?」

 男は灰色の背広のポケットから右手を出していいました。右手の中には、どうやら小瓶が握られているようです。

「ありがとうございます。一応、いただいておきたいです。保険に」

 あなたがそういうと、男は右手をあなたのズボンのポケットにぐっと強く押し込んできました。そして、ポケットの中で手を開くと、小瓶がポケットの中にストンと落ちた感触がしました。男はあなたの顔に近づき、耳元でつぶやきました。

「この瓶、絶対そこらへんで捨てるんじゃねぇぞ」

 男はあなたを一瞥すると、右手を上げて去っていきました。廊下の奥に男がみえなくなって、チームメイトに声をかけられるまで、あなたはその場に立ち尽くしていました―――

 翌日の試合も魔法の薬の効果なのか、1本のホームランと2本の二塁打を打つことができました。チームは負けてしまいましたが、プロのスカウトマンの目に留まったのは間違いなさそうです。チームメイトには「試合に負けて悔しい」というふりをしていましたが、気持ちはプロ野球という次の目標に向かっていました。

 ロッカールームに戻る廊下には、またあの男がいました。

「試合、残念だったね。ただ●●君自身はプロにいいアピールになったと思うよ。薬、飲んだんだろう」

 あなたは男に向かって小さく頷きました。

「中途半端にチームが勝ち進むとボロが出る可能性も高くなるからいけない。ボロが出ないうちに、二回戦、三回戦あたりで負けたほうがいいんだよ。その点、●●君はとてもラッキーだ。この二試合で3本のホームランと2本の二塁打だっけ。プロへのアピールとしては十分だ。適度なところで負けてくれたチームメイトに感謝するんだぞ。心の中でな」

 男はそういうと、あなたの右胸をトントンと軽く叩きました。そして、背広のポケットから何かを取り出し、あなたに渡してきました。

「これ、俺の電話番号。いつでも電話かけてきていいから。●●君がプロになっても活躍できるように、メジャーリーガーになれるように、俺がこれから10年間、しっかりサポートしてやるから。大丈夫、みんなやってるから安心しな」

 男はあなたに向かってにっこりと笑って、その場を立ち去りました―――

 その年のドラフトであなたはめでたくプロに指名されることができました。子どもの頃から夢みてきた、念願のプロ野球選手になることができたのです。プロ野球選手になると、世間の注目も半端ではありません。連日、友人から誘いの電話が入ります。両親にもマスコミから取材がきます。新聞や雑誌では「期待のルーキー」として、自分の名前が挙がっていました。

 大学時代の最後の大会ではなった3本のホームランをみれば、一軍で通用するパワーを持っていることは間違いない。

 どの新聞も、どの雑誌も、あの3本のホームランに注目しています。きっとプロのスカウトマンも、あの3本のホームランをみて、ドラフトでの指名を決めたのでしょう。そう思うと、あなたは何だかプロの世界に足を踏み入れるのが怖くなってきました。

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