著者:石田 麻琴

あなたをプロの世界にいざなう「魔法の薬」。その2【no.0988】

 ここからは野球選手になったつもりでブログをお読みください・・(前回はこちら

「●●君、あなたを、助けにきたんですよ」

 男はあなたにしか聞こえないほどの小さな声でそういうと、灰色の背広のポケットに入れていた右手をゆっくりと外に出しました。そして、あなたにしか見えないように気づかいながら、ゆっくりと右の手のひらを開いていきます。

 手のひらを開けると、小瓶がのっていました。目薬のような、手のひらで隠れるような大きさです。透明な瓶の中に半分くらい、液体が入っているのはひと目でわかりました。

「誰にもいっちゃいけないよ。監督にもチームメイトにもいっちゃいけない。これを●●君にあげよう。中に入っているのは、精神安定剤だよ。ステロイドなんかじゃない。スランプを脱出するための、魔法の薬さ」

 あなたは戸惑いました。初めて会った男が不思議な液体を自分だけに渡してきたのです。怪しい話にのってはいけないという気持ちと、もしかしたら本当にスランプを抜け出せるかも、という気持ちも同時に湧いてきました。本当に、本当にあなたは焦っていました。その戸惑いを感じたのか、男は重ねるようにいいました。

「そんなに困ることじゃない。●●君がいままでこれを飲んだことがないだけで、実は他の選手もやっているのさ。他の選手っていったって、君がこれから試合をするアマチュアの選手じゃないよ。君が昨日テレビでみたプロ野球の選手さ。私は見込みのあるアマチュアの選手だけにこの精神安定剤を渡している。なんでかって。それは●●君はきっとプロになれると思っているからさ」

 あなたは思い出しました。同じ野球チーム出身の先輩が野球界の噂話として話していたことを。あの先輩の話を思い出せば、こんなこともないことはないのかな、そう思いました。

「●●君の好きなメジャーリーガーのあの選手だって飲んでいるよ。これはプロで活躍するための『魔法の杖』だ。これを飲むことで、君のプロへの道が本格的に開ける。飲まないで今日の試合を後悔するよりは、飲んでおくのも悪くないだろう。単なる、保険さ」

 男はそういうと、小瓶のふたを開け、あなたの右手に握らせてきました。

「さあ、ここで飲んでしまおう。そこらへんに小瓶を捨てると他の選手が見つけて羨ましがるからね。飲み終わったら私が持っていくから」

 あなたは、男に促され、小瓶を口につけ、グッとひと口で飲み干しました。いままで味わったことのないような、甘酸っぱい味でした。

「未知の味がするだろう。それがプロの味なんだよ。●●君。じゃあ、私はスタンドから君の応援をしているから・・」

 男はそういうとすぐにバックルームから去っていきました。一瞬の、本当に一瞬の出来事でした―――

 魔法の薬の効果か、その日のあなたはスカウトマンたちに大きなアピールができました。ホームランを2本も打つことができたのです。バッティング練習ではライトフライになっていた当たりが、いとも簡単にフェンスを越えていきました。特に驚いたのは2本目のホームランでした。バットの先をこすったようなミスショットだったのですが、それでもスタンドに吸い込まれていったのです。

 自分が自分でないようでした。自分の中にある本当の力が引き出されたのかもしれません。

 自身の2本のホームランという活躍で試合に勝ち、チームメイトと意気揚々とロッカールームに戻る途中、廊下にはあの男が立っていました。あなたは男に駆け寄り、声をかけます。

「本当に、ありがとうございました。スカウトマンにいいアピールができました。あの魔法の薬のおかげ・・」

 感謝を伝えるあなたの口を男は手のひらでぐっと押さえました。唇が痛むほどの強い力でした。

「ここで薬の話をしちゃいけないよ」

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