あなたをプロの世界にいざなう「魔法の薬」。その5【no.0991】
ここからは野球選手になったつもりでブログをお読みください・・(前回はこちら)
あなたは男に言われた金額を、伝えられた銀行口座に振り込みました。2週間後、あなたの自宅には男から「魔法の薬」が送られてきました。プロ野球の開幕まで、あと一週間というところです。
「これで、これでやっと、自信をもって打席に立つことができる・・」
男から送られてきた小瓶のうち一本を一気に飲み干して、あなたはオープン戦がおこなわれる球場へと向かいました―――
「魔法の薬」の効果はてきめんでした。バットにボールが当たれば、その感触以上に遠くへボールが飛んでいきます。いままでは鉄球を打っているようでしたが、いまはピンポン玉を打っているようです。面白いように、ボールがスタンドに吸い込まれていきました。
「当たれば飛ぶ。しかも、とんでもなく飛ぶ」。いままでと同じように空振りをすることも多くありましたが、ボールに当たったときのインパクトが違います。空振り三振かホームランか。監督やコーチ、チームメイトはホームランを期待し、またファンもホームランを期待します。いつの間にか、「イチかバチかの●●選手」というイメージが定着していきました。
ただ、それも「魔法の薬」があるからこその結果です。プロ野球のシーズンが始まっても、あなたは「魔法の薬」を飲み続けていました。最初は罪悪感から3試合に1度、薬を飲んでいました。しかし、それは2試合に1度になり、毎日薬を飲むようになりました。さらには、1試合で飲む量が1本から2本と増えていきました。
「魔法の薬」がなくなるたび、あなたはあの男に電話をしました。
「薬、ありますか。手元にあと5本しかないんです。これだと今週末の試合は乗り切れません。すぐになんとかなりませんか。30万円振り込む準備はできていますから・・」
男から薬がすぐに届くこともありましたが、1週間や2週間待たされることもありました。薬を飲むことができない期間があると、あなたは自信をなくします。監督やコーチの前で、わざと調子が上がらないふりをします。本当の実力はこれじゃないんだ。いま試合で起用しないでくれ。そんな態度をとりました。本当の自分に向き合うのが、怖くなっていったのです。
薬を飲んで打席に立ち、バットにボールが当たれば、ボールはスタンドまで飛んでいきます。しかし、次第にバットにボールが当たること自体が少なくなっていきました。いままでは9回ファンを失望させても、10回目にすべてを取り戻すことができました。もう10回目に取り戻すことができません。20回かかっても取り戻すことができなくなりました。ファンからのため息が聞こえます。監督とコーチが失望している雰囲気が伝わります。チームメイトに信頼されていないのがわかります。
あなたが頼りにできるのは、あの男、いやあの薬しかありませんでした。そして今日も、いつもと同じようにあの男の携帯電話に電話をかけるのです。
「すいません。悔しいんです。自分の本当の力をみんなに見せることができないのが悔しいんです。監督やコーチ、チームメイトは僕の実力を見誤っています。ファンもひと月前まではあんなにちやほやしてくれたのに、いまでは声もかけてくれません。なんでこうなってしまったんでしょうか。自分でもわかりません。何とかなる方法はありませんか。もう、耐えられません」
男はあなたの話をじっくりと聞き、ワンテンポの沈黙をおいて言いました。
「あるよ。いつもの薬より、数倍効く薬がある」
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